ノートを”ネタ帳”として使い始めたら、日々の記録が継続できるようになった

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開いたノート

わたしはこれまで、ライフログを取ることに憧れと共に苦手意識がありました。何度も挑戦しては、挫折を繰り返してきたのです。

それが、ある考え方に切り替えたことですんなり続くようになりました。

今回は、そんなわたしの実体験について。

目次

ライフログへの憧れ

ノートをうまく使いたい。そう思ってノート術の本を今までに何冊も読んできました。

手帳術の本2冊

その中でも強く影響を受けたのが、『情報は1冊のノートにまとめなさい』や『マイノートのつくりかた』といった、「1冊のノートに時系列でなんでも書き込む」というタイプのもの。

それが、わたしの「ライフログを残したい」という使い方に合っていると思ったのです。

ノート1冊に自分のことがすべてまとまっているという状態に憧れも感じて、何年も前からその方法を試してきました。

繰り返す挫折

大小さまざまなノート

しかし、期待とは裏腹になかなかうまくいかず、何度も挫折してきました。いつも途中で書けなくなってしまうのです。

その理由はなんなのか考えてみたところ、思い当たる節がいくつか。

  • 書く内容はこれでいいのかという心配
  • 他のノートへの目移り
  • すべてを記録しなければというプレッシャー

なんでも書く、と言いながら「こんなしょうもないことまで書く必要はあるのか」と迷いが生じたり、今使っているノートに少しでも不満を見つけると他のノートを使いたくなってしまって1冊を最後まで使いきれなかったり。

特に最後のプレッシャーについては大きかった。「自分のすべてを記録しなければならない」と意気込んでしまって、逆に手が動かなくなってしまっていたのです。

でも、ライフログを残すことはあきらめたくなかった。

何も記録せずに毎日を過ごしていると、手のひらの隙間からわたしの人生がぽろぽろとこぼれ落ちてしまっている感覚になる。記録をしないと、なかったことになってしまうような気がするのです。

自分の生きた証として、記録を残す習慣を身につけたかった

続けるための気づき

パソコンのキーボードを打つ様子

ところで、わたしはこのように文章を書くことをライフワークとしています。

日々、ブログに文章を書いているのですが、そのためには「ネタ」を得ることが不可欠。

わたしが書く文章のネタは、わたし自身の日常での体験がもとになっています。毎日生活している中で、「これを書きたいな」「これは書いたらおもしろいかも」と思うことを見つけて文章にしています。

そんなネタを逃さないために必要なのが、「ネタ帳」。

ネタは、書き留めないとどんどん忘れてしまう。だからわたしはネタを見つける度に、スマホやアナログのメモ帳に適当にメモをとることを習慣にしていました。

あるとき、気がついたのです。ライフログノートをネタ帳として使えばいいんじゃないか?

日々の出来事がわたしの文章のネタだということは、ライフログがそのままネタになるということではないか、と。

試しに、“1冊にまとめる”方式のわたしのライフログノートを「ネタ帳」と読んでみることに決めました。

ライフログの実践

手帳に万年筆で書き込む様子

わたしがやっていることは、1冊のノートを用意して、そこに時系列でなんでも書いていく、というシンプルな方法です。

それを、「ライフログ=記録」ではなく「ネタ帳=素材集め」という観点で実行するということを新たなルールとしました。

書くことは、ひとことで言えば「時系列でなんでも」。そこも以前と変わりません。

  • ミスドの新作がおいしかった
  • この前買ったペンが描き心地最高
  • 昼寝をした方が元気に過ごせる

内容はこんな感じで取るに足らないことばかり。

しかし、24時間全部を記録するというわけではありません。「おもしろい」「心が動いた」事象を中心にピックアップして書き留めるというスタンスでノートを書くようになりました。

「ライフログをとるぞ!」と思っていた以前のわたしは、身構えてしまって、すべてを漏れなく記録しなきゃと強いプレッシャーを感じていました。

それを「ネタ帳を作ろう」という視点に変えることで、わたしの中にあるそのプレッシャーは驚くほど軽くなったのです。

「すべて」ではなく「自分の琴線に触れたもの」だけを書けばいいのだとわかったから。

基準が明確になったことで、逆に手が動くようになった。ネタ帳としてノートを使うことで、気負いなく記録を続けられるようになったのです。

ライフログだと思うと毎日たくさん記録を残さなければとおもってしまうところが、ネタ帳だと思うとその気持ちも薄れました。ネタが見つかったときだけ書けばいいんだから。

そして結果的に、わたしはライフログが残せるようになりました。

ネタとして書き溜めたものたちは、振り返るとわたしの人生そのものだったのです。

プレッシャーが消えたことで、自然に自分について記録できるように。当初の「自分の生きた証を残したい」という願いは、「ネタ帳としてノートを書く」という意外な形で叶うことになったのでした。

おわりに

わたしはこの経験から、考え方ひとつでノートは続くようになると思うようになりました。

大切なのは、自分に合ったノートの役割を決めること。

わたしにとっては「ネタ帳」だったけど、それは人によって違って「なんでもノート」だったり「日記帳」だったり、しっくりくる呼び名はさまざまあると思います。

もしノートが続かなくて困っている方がいるならば、自分がプレッシャーを感じず、楽しくノートを続けられる呼び方を見つけてみてほしい。

ライフログの残し方は、十人十色。どんな形があってもいい自由なものだと、今のわたしは考えています。

ノートを使い切るコツについては、こちらの記事でも詳しく解説しています。

開いたノート

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