詩の手触りを纏う言葉たち──『風を飼う方法』感想

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小原晩さんとの出会いは、エッセイ集『これが生活なのかしらん』だった。わたしにとって、読む前と後で世界が変わったようにすら感じた、とても大切な一冊。

そんな小原さんが小説を出すと知り、どんなものを書かれるのかとても興味があって本作『風を飼う方法』を手に取りました。


『風を飼う方法』は全4篇からなる短編集。

ゆきはひとりになって働きはじめ、私は水浴びする男を見つめ、雨の夜に三人は出会い、百子は絶望を抱えたまま暮らしている。

全四編が映し出す、人生のもの憂さと微光。

河出書房新社より

一言で表すなら、不思議な小説だった。

詩を読んでいるような手触りの言葉たち。物語よりも、言葉をゆっくりころころと味わいたくなるような。

表題作以外の3篇はとても短く、より一層詩的な空気を纏っていました。

けれど会話はなんだかナチュラルで、気取っていなくて、でもそれすらも全体のふわりとした空気感によくなじんでいる。


表題作「風を飼う方法」の百子の不器用さが、ちくちくと胸に迫ります。

どこか自分を見ているような、孤独を抱えてそれでも他人には笑顔で答えてしまうところとか。1人じゃないのに1人、みたいな気持ちとか。

テレビを見たままの山彦さんが指をからませ、しっかりと手をつないでくれる。とても心ぼそい。

なにかを真剣に考えてはお終いだという、強い予感もあった。

べつにつめたいわけではなくて、自分という個人を、きちんと保とうとしているだけなのだ。一般的に、正しいだけだ。他人に対する、健康な線引きがあるのだ。(中略)それでも、かなしいものはかなしい、さびしいものはさびしい、ふつうに泣ける。

そんな絶望を抱えながら、それでも百子の日々は続いていく。生活をやろうとする。

その様子が、苦しいし、愛おしいのです。


日常の、取るに足らない些細なことを掬い上げて言葉にする。劇的な物語ではないけれど、生活の中でふいに訪れる少しだけ心がふるふると揺れる瞬間を捉えた作品たちでした。

薄くてすぐに読み終わることができるけど、小原さんの紡ぐ言葉をずっと味わっていたいと思える、素敵な短編集。

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