以前、『団地のふたり』という小説を読んだ。淡々とした語り口が心地よく、書店でその作者である藤野千夜さんの別作品『じい散歩』を見つけて思わず手に取った。
この小説に登場するのは、明石家のみなさん。
家の主人である新平は89歳にして散歩が趣味の健啖家。毎日ふらりと出歩いてはおいしい食事を食べ、女性に声をかける。
妻の英子は88歳。夫の浮気をしつこく疑うなど、認知症の兆しがある。
長男は高校中退以来の引きこもり、三男は事業を失敗しては高齢の親に無心する。自称・長女の次男だけは、自立してなにかと家族の心配をしてくれる。
そんな、「ちょっと大丈夫か?」と心配になる明石家の日々を描いた本作。新平の毎日と、彼の過去を回想する場面が交互に展開されていく。
不思議なのが、割と重めな状況なのにどこかカラッとした読み心地なこと。それには新平の気質も関わっていると思う。
建築会社を経営していた彼は、竹を割ったような性格。自分の手が及ばないところは悩んでも仕方ない、と割り切って考えているところがある。
それに、彼はもう90歳になろうというのに、とにかく元気だ。毎日散歩に出かけて興味のある建築を見学したり、家では食べられない洋食を楽しむ。時には女性にも気軽に話しかけてしまう。
年老いた悲壮感みたいなものは、新平からは微塵も感じられない。
また、次男である建二も物語に花を添えている。
長女を自称する彼は、女性の格好をして過ごしている。他の息子2人とは違い、家を出て仕事をし、自立した生活を送っている。しかし、たびたび家に来たり新平に会うなりしては何かと家族のことを気にかけてくれているのだった。
新平もそんな建二を拒絶するでもなく、受け入れて接しているところに好感が持てる。
1人の通りすがりとしてこの家族の物語を読んだわけだが、思うのはどんな人にもさまざまな事情があって、それでもみな今日を生きているということ。
新平のように人生を謳歌しているように見える人物も、家庭にはどうしようもない問題を抱えていたりする。
そういう意味では、どんな状況でも軽快に笑って好きなことをして生きていく新平の生き様は見習いたいところだ。
味わい深いなあと思うのが、登場する人たちの難点がしっかり描かれているところだ。
女好きだったり、金にだらしなかったり、不機嫌をあらわにしたり。なんというか、キャラクターが人間くさい。
そういうリアルな描写がうまいと感じるし、それをさらっと描かれるから読んでいてもイヤな感じがしないのがまたすごい。
血の通った人物描写が、この物語の魅力を一段と高めている。
なんてことのない日常を描いた本作。高齢男性が主人公の小説というのを初めて読んだけれど、30代女性のわたしも時に共感し時に驚き、あっという間に読み終えた。
ひとまず、散歩にでも出てみようかな。

