癒される小説が読みたい。そう思っていたところで目にした『喫茶おじさん』というタイトル。
きっと喫茶店を舞台にしたほのぼの作品だろうと思っていたら、その予想はある意味で裏切られます。
わたしが本当にやりたいことって何だろう? 読みながら、気づけばそんな自問自答をしていました。
大手ゼネコンに勤めていたものの早期退職し、現在は無職の松尾純一郎。妻と大学生の娘とは別居中。あるとき、喫茶店めぐりを趣味にしようと思い立ち、各地の喫茶店を訪れてはコーヒーやその店の名物を楽しむ。
この純一郎が、どうしようもないおじさんなんですよね。会う人会う人に「あなたは何もわかってないね」と言われ、しかもそれをたいして深刻に捉えていない。
読者であるわたしにも、確かにこの人は何かわかってない、的外れな感じだなと見てとれる。相手の事情を考えてみるということをしない彼に、読みながらヤキモキしました。
そしてついに、「自分どんなに恵まれているか、わかってない」と指摘してくれる人が現れます。
思いつきで喫茶店めぐりを趣味にした純一郎だけど、実は喫茶店への思いは取ってつけたものではない。退職金を元手に喫茶店を始めたものの、半年で潰してしまったという過去があるのです。
そんな自分が「恵まれている」なんて、と戸惑うものの、絶対に失敗できない人がいる中で自分は失敗することができる立場にいたのだと諭されます。
「あなたはじぶんがどれだけ恵まれているのかわかってない、ということじゃないかしら。それも知らずに文句ばっかり言って、周りをイライラさせてたってことでしょ」
p234
“わかっていない男”純一郎は、さまざまな喫茶店を訪れながら想いを巡らせる。そして、なぜ自分の喫茶店がうまくいかなかったのかその答えを知り、自分が本当にやりたいものは何だったのか、その原点を思い出します。
純一郎を見ていると、彼はリアルで人間的だなと思います。ぼんやりと好きなこと、やりたいことはあるものの、それに無自覚なところ。自分の本心ではなく、何となくこの方が良いかな、という方へ流れてしまうところ。
本当にちゃんと考えなくては、自分の人生を。
p243
正直あまり魅力的な人物とは思えないんだけど、彼が自分の気持ちを自覚していく過程が淡々と描かれていて、最後にはこのように考えるようになった変化はすばらしいことだよなと感じました。
自分の人生を生きることの難しさを感じている人は多いでしょう。本当にやりたいこと、望むものと向き合うことは時に苦しいけれど、純一郎がそうだったように、いくつになっても取り戻すことはできるはずです。
それにしても、喫茶店って何であんなに魅力的なんでしょうね。純一郎みたいにその魅力に取りつかれて、いつか自分も理想の喫茶店を開きたいと思ってしまう気持ちはわたしにもよくわかる。
人生の時間を潰す、というのも喫茶店の大切な役割だ、と思う。
p204
ただコーヒーを飲むためだけの場所ではない。空間そのものを味わいに行く場所。この作品内に出てくる「良い」喫茶店は必ず、何かしら店主のこだわりが存在しているのがその証拠。
わたしが大事にしたいこだわりって何だろう。そう考えさせられる小説でした。読後は喫茶店でおいしいコーヒーを飲みたくなること間違いなし。


